糞耳とヘッドホン

―糞耳とヘッドホンの正しいお付き合いの仕方。

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ブログタイトル変更

昨年の三箇日に開始した当ブログ。
そんなワケで、今日辺りでちょうど一年ぐらいになる。
それに伴って、予定通りブログタイトルを変更。
題して「糞耳とヘッドホン」。

前のタイトルだとなんか、如何にも有益なこと書いてありますよと言わんばかりだったのが、内容的に浅薄なもので、折角来てくれてもガッカリなことが多かったのではないかと、この「脱力系」(?)っぽいやる気のなさそうなタイトルにした。

モソモソこの「糞耳」というのは管理人の定義では「音場や音色しか語れぬ耳」のことである。

音場や音色というのは、ある程度経験を積むと[A→B]といった因果関係で以って説明が出来るようになったり、或いは漠然とした一元的な音認識から音を細かく分離して、多元的に音を聴くことが出来るようになる、謂わば「分析的な耳」が出来上がってくる。
こーゆーのは言ってしまうと、それだけの熱意(オタク性)と時間(ヒマ)があれば誰でも語れるようになる。
「分析的な耳」は経験で養うことが出来る。
ところがその、「分析的な耳」と「良耳」というのは関係がない。
リクツっぽく具体的に語っているからと言って、その人が「良耳」の持ち主であるとは限らない。

しかし、しかし、そこへ来て「解像度」というのがある。

こればかりは経験では養うことが出来ない。
ヘッドホン解像度を語るにはそれ以上に高い「耳の解像度」が必要であって、コレは無論言うまでもなく先天的なモノである。
幾らオーディオ歴を積んでも、耳が悪けりゃどうにもならない。
ピントの合わない目でフルハイビジョンだか何だかの恩恵など無いようなものであるのと同様に、耳も悪けりゃハイファイもヘッタクレも無く、(自覚はなくとも)濁った音しか聞えていない。
そこまでいかなくても、ある程度性能の良い耳(良耳)がないと、ヘッドホンの解像度の高さも観ることが出来ない。

「糞耳」とはそのことの裏、「解像度を語れない耳」のことである。

管理人がレビューの際、この上なく苦しんでいるのはこの「解像度」という三文字に関してで、ハッキリ申し上げて、MP3とWAVの区別も明確に付かない管理人では、この最も重要で根本的なヘッドホンの性能指標を語ることが出来ない。(その資格もない)
詰る所管理人は「糞耳」なワケで、それが当ブログの限界であって、そのことは明示的に示して置くのが良かろうと。

当ブログだけでなくて、他のブログとかでも、音色/音場を分析的に批評出来ているようであっても、解像度に関してのみ途端に逃避的であったり、記述に具体性が無かったり、或いは否定的であったりするのは恐らく管理人と同じ・・なんだろうと(忍笑)

何も解像度が全てではないにせよ、解像度がオーディオにとって最重要課題であるのは管理人も認めるし、自分がそれを具体的に語る耳を持たなかった(らしい)ことを残念に思う。
しかしまあ、それを乗り越えんとこんなブログなんかやってられねぇし、せめて「糞耳はこう感じてますよ」ということを、可能な限り、自分なりに語ることも無意味ではなかろうと。
それが当ブログであり、この新しいタイトルの意味するところ。

まあ、そういうことで今年もマイペースに続けてみようと思う。

[ 2011/01/04 13:26 ] 未分類 | TB(0) | CM(-)
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